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明るいアルコール依存症患者、山谷の和のHPは一人でも多くのアルコール依存症患者の回復を祈って作りました。

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アルコール依存症について

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アル中さんになるのは飲む酒の量では決まりません。 ほとんどの場合、体質です。

自分の場合は、一日三升以上、ボトル三本以上飲んでました。 これだけ飲めばアル中になるのは当たり前だと思いますが、 一日五合しか飲まないのに、アル中になってしまった人もたくさん見ております。

アル中は一度なってしまったら、絶対に治らない病気です。 ただし、回復、つまり飲まずに生きる事は出来ます。(なんとか、自分も回復に向 かって23年です。)

アル中さんがヤッカイなのは、その特徴の一つに、否認があるからです。
自分がアル中だと、すぐに本気で認める人は居ないと思います。
そりゃそうでしょ!
まさか、自分がアル中だなんて、すぐに認めるわけないでしょ! 自分もそうでした。
約7年間、アル中と診断されてから、酒と戦い、戦って戦ってどうやっても酒に勝つ 事が出来ない事に気づかされ、 酒を止める気になりました。


間に合ったのです。命を落とす前に酒を止めようと思えたのです。
殆どの人が、どうしようもなくなって、死ぬ一歩手前で酒を止める気持ちになって、 助かる人が、1%未満。 あとの、99%の方は、命を落としていきます

もし、今日は止めておこうと思っても、ついつい飲んでしまうという症状がある方は 気を付けて下さい。

お酒を止めるには自助グループが必要不可欠です。それと、もう一つ役立ったのは、信仰心を持てた事です。

これは大きかった。 勿論、変な宗教に入れと言うのではありません。 自分の場合、燈檠山真澄寺(とうけいざんしんちょうじ)という大乗仏教のお寺で修行させていただいております。キリスト教を信仰している方もたくさん居ます。 このことは、理論理屈ではなく、事実です。

しまったー!!!!!!!!!

明るいアル中と自負しているわりには、ちょっとマジになりすぎちまった!!!!

すまーん!

ところで、アル中さんは体質ですと言いましたが、生まれた時からアルコール依存症としての症状が出ている人は居ません。あったりまえか。

しかーし。お酒をおぼえて、はじめからアル中さん的な飲み方をしてしまう人。

徐々にアル中さんいなって行く人。

いろいろです。

私の場合、最初にお酒を口にしたのはかなり幼い頃だったと思いますが、飲むつもりでお酒をのみ始めたのは、中等科の頃だったと思います。その時にすでに、アル中さん的な飲み方をしていたと思います。

アル中さん的な飲み方とは、飲んでも飲んでも飲み足らず、つぶれるまで飲む飲み方です。

人それぞれ、色々なアル中さんのなり方が有ると思いますが、自分の過去をこれから少しずつUPして行きたいと思っており居ます。

医学的な説明は専門のサイトがありますから、そちらをご覧ください。

山谷の和のページは、お医者様には解りずらい、アル中さん本人の実践を書いていきたいと思います。

 

<もう少し詳しく>

「アルコール依存症です」と診断を受けたとき、自分はどんな気持ちになったかな。“アル中なんて……”と反発を感じたり、ショックを受けたりしたかな。

“飲み過ぎなければ問題はない”とか“酒ぐらい、いつだってやめられる”と考えたかもしれない。“断酒するなんて無理”“酒の無い生活など考えられない”と感じて治療に希望をもてなかったかもしれない。

自分の気持ちが混乱するのも止むを得ない事。というのも、世間にはアルコール依存症に対する誤解や偏見がたくさんあり、自分自身もそうした誤解にとらわれているに違いない。そこでまず、この病気の本当の姿を明らかにしてみた。

誰でもかかる病気である。

アルコール依存症は、若くても、十分分別のある年齢でも、男性でも、女性でも、同じ様にかかる病気なんだ。性格的な欠点や人間性の問題ではない。遺伝的な体質と飲み方によって、誰でもかかる可能性があるんだ。糖尿病が体質と生活習慣によっておこる病気であるのと同じなんだ。

飲酒のコントロールを失う病気である。

依存症になると、飲酒のコントロールができなくなる。いったん口をつけると、とことん飲んでしまう。飲むべきでないときにも飲んでしまう。飲酒によって健康も家庭生活も社会生活もそこなわれているのに飲むのを止められない。そして、アルコールが体から抜けると、手の震えなどの離脱症状が出る。このような症状の為に飲酒を止められないのであって、意志が弱いのではないんだ。

「否認」をともなう病気である。

依存症にかかった人は、飲酒によって自分にも家庭にもさまざまな問題が起こっている事をなかなか認められないものなんだ。事実を認めると、飲むのを止めなければならなくなるからだ。そのため、酒について忠告されても無視したり、怒ったり、言い訳するなど、「否認」と呼ばれる症状が出る。

進行性で死に至る病である。

一度依存症になったら、放っておいて自然に良くなることはない。治療に結びつこうとしている方は、機会を逃さないでほしい。もっと飲み続ければ、病気はさらに進行する。深刻な慢性病を放置して無理を続けたときと同じ様に、最後に待っているのは死である。

治癒はないが回復はできる。

一度飲酒に対するコントロールを失ったら、それを取り戻す事は出来ない。どんなに“節酒”に努めても、結局は失敗する。二度と“普通の酒飲み”に戻る事は出来ない。だけど、断酒して治療を受ける事で回復し、健康に生活を送れるようになる。

家族を巻き込む病気である。

病気になった本人だけでなく、家族もともに病んでしまうのが依存症の大きな特徴なんだ。酔って苦しんでいる本人の周囲で、家族は素面のまま深い傷を負っているんだ。家族も本人と同様、病気に巻き込まれた状態から回復することが必要なんだ。

回復には助けが必要。

この病気からは、自分一人の力で回復する事は出来ないんだ。ひとつは専門的な治療を受ける事、もうひとつは自助グループ(AAなど)に参加して仲間を得る事だ。酒ぐらい自分だけでやめられると思わずに、こうした援助を受け入れる事が大切。自己流でこの病気を克服する事は出来ない。

一生つきあっていく病気である。

入院治療や通院治療のプログラムが終了した後も、自助グループなどの助けを借りながら回復を続ける事が必要なんだ。依存症は慢性の病気だから、自己管理を怠れば再発の危険もともなう。一生この病気と上手につきあっていかなければならないんだ。

自分が診断を受けた「アルコール依存症」という病は、外側から眺めればこのような病気なんだ。それでも自分の心のどこかには“自分だけは違うのでは”という疑いがある。病気になったことを本当に受け入れるには勇気がいる。

回復をスタートするために、この病気を内側から眺めてみよう。

どこにでもいる“普通の酒飲み”が、ある日突然、依存症という病気になるわけではないよね。

自分が診断を受けるずっと以前から、この病気は徐々に進行していたんだ。その事をふりかえってみる。

この病気が自分をどう変えてきたのか、いつそれが起こったのか、自分のどこが病んでいるのかを考えてみる。

価値観が逆転した

病的な飲酒が始まった時点で、自分にとって何が大切かという基本的な価値観がすでに変化していた。

家族と過ごす楽しみより飲む事が優先され、自分にとって大切な人の忠告よりも一杯の酒にひきつけられている、将来の夢を描くより今日どうやって飲むかという事が大事になっている……などである。

自分では意識しないうちに、本来は人が生きる上で大切にすべきものが自分の中で価値を失い、やがては酒が全てに優先するようになっていったんだ。

自分は、“自分の金で飲んで体を壊して何が悪い”“酒で死ねれば本望だ”と考えた。命より酒が大事という価値観の逆転が、依存症という病気のもっとも恐ろしい点なんだ。

感情がそこなわれる。

そして、自然な感情が姿を消していくんだ。

喜びや楽しみを生き生きと感じる事が無くなり、悲しみや怒りはお酒でまぎらわしたり、酒の力を借りて爆発させたりするようになる。不安を表現する代わりに怒鳴ってしまったり、すまない気持ちを素直に出せなくなるんだ。

時には、家族や友人に対して罪悪感をもったり、嘘をついて飲む自分を後ろめたく思ったり、飲みすぎてトラブルを起こした事を後悔する。

けれどそうした感情が積み重なるのはあまりに辛いので、なるべく平気なふりを装い、辛い気持ちを感じないように自分の感情を麻痺させながら飲み続けた。

判断力がそこなわれる。

こうしてアルコールが生活の中心になってくると、心のどこかで「このままではまずい」と感じながらも、軌道修正が困難になってくる。健康な判断力が働かなくなるんだ。

飲んではいけない時にいつも飲んでしまう、飲酒について注意された事に反発して大事な人間関係を壊してしまう、大事な約束をすっぽかす、手を付けてはいけない金で飲んでしまう、家族に内緒でサラ金に手を出す、お金が無い時は、盗んででもお酒を手にいれようとする……など、状況判断に誤りが生じる。

家族など周囲の人が心配したり困り果てていても、自分は判断力の低下の為、事態の深刻さに気づかない。まだ、なんとかなる、もう一杯ぐらい飲んでもどうってことはない、と考えてしまうんだ。

身体症状が現れる。

最後には、長期にわたってアルコールという薬物を乱用した結果が、明らかに体にも現れてくる。お酒が抜けると手が震えたり大量に汗をかいたり、眠れなくなったりする。ひどい場合は、幻聴や幻視などが起こる。

この段階になって初めて、医学的に「アルコール依存症」と診断されるわけだが、実際に病気は、それ以前から進行していたわけだね。

依存症と診断された頃には、多くの人が肝障害や糖尿病、心臓疾患などの重大な身体疾患を併発し、アルコールの害はピークに達する。

依存症からの回復は、これと逆のステップをたどっていくことになる。

お酒を止めるだけで、身体症状が目に見えて改善される。素面の期間が続くにつれ、判断力が戻ってくる。自分の生き生きした感情も、飲まない生活への自信とともによみがえってくる。回復が進むと、自分が生きる上でかけがえのないものはなにかを考えたり、人生の意味について洞察を深めたりするようになる。

自分が長い時間をかけて依存症になったのと同じ様に、回復にも十分時間が必要なんだ。

そして、依存症の治療を始めるのが早ければ早いほど、失ったものの回復も容易だ。

早く取り戻そうとの焦りは禁物。

お酒によって失ったものの中には、まもなく取り返せるものもあれば、なかなか取り返せないものもある。

自分自身の健康や、理性や判断力などは、飲まない生活とともに戻ってくる。けれど、自分の努力だけでは思いどおりにいかないのが、一度破壊されてしまった人間関係である。

ある人は、家族や友人たちと共に回復を喜ぶ事が出来るが、ある人はすでに大切な人達が自分のもとから去ってしまっている場合もある。またある人は、家族と共に暮らしていてもしばらくはぎくしゃくした関係が続く事もある。

壊してしまった関係は、どちらか一方だけ頑張っても修復できない。自分がお酒を止めたから、全てが自然に元どうりになると期待するのは難しい事なんだ。

家族も自分と同様、深く傷ついている。それは断酒によってすぐに帳消しにはならない。家族の傷が癒えるのを待ちながら、自分は自分の回復を少しでも確かなものにしてゆく。

きちんと回復した姿を家族に見せたいのに、冷たい態度で突き放される事もあるかもしれない。

そんな時家族は、自分との関係を復活させる事で更に傷ついてしまうのを恐れているのかもしれない。依存症という病気が回復する事を知らなかったり、人を信じる事が難しくなっているのかもしれない。

焦らずに、自分にとって今一番大切な事は、「自分が回復する事」である事を忘れずに今日一日を大切に送る。

取り戻せないものは?

残念ながら、決して取り戻せないものもある。

かつてのようにお酒を楽しむ事、これは決して取り戻せない。いくら懐かしいと思っても、自分には飲んで楽しむ時間が再びやってくる事はない。飲めば必ず問題を起こす事になる。

飲み仲間との関係も、断ち切るしかない。自分にとっては大切な友人かもしれないが、つきあいを続けていればきっとお酒に手を出す結果になる。

自分の家族がお酒を飲むなら、少なくとも家で飲む事は止めてもらって欲しい。回復の初期には、できるだけ周囲にアルコールが存在しない環境を作る必要がある。

仲間のもとで語ろう。

お酒を止めた人は誰でも、失ったものの悲しみと共に生きていく事になる。

失った家族、失った友人、失った過去の夢、失った社会的な信頼。

そういった悲しみに蓋をしないで、仲間のもとで思い切り吐き出していく。そういう場所が自助グループなんだ。同じ思いを味わった仲間だからこそ、自分の気持ちを分かってくれる。決して自分だけが特別な辛さをしょいこんでいると思わずに、つねに自分の周りには仲間がいることを信じる事が大切だ。

過ぎてしまった過去は、もう後悔しても取り戻せない。その過去と共にどう生きるのかを考えていく事が大切なんだ。

素面になって得るもの。

失ったものは多くても、お酒を止め続ける事で得るものもたくさんある。

お酒を止めれば、もう、酒の為に嘘をついたり、自分をごまかしたりしなくてもいいんだ。これ以上自分を嫌いにならなくていい。それは本当に素晴らしい事。

さわやかな目覚め、おいしい食事、美しい自然やきれいな音楽といった、普通の人にとってはごく当たり前の喜びを、お酒を止めれば何倍にも感じる事が出来るようになる。

なかには、飲み始める前からもともと、生きる事が辛かった、という場合もあるよね。虚しさや淋しさで心に穴が開いていて、その穴をお酒で埋めるしかなかった。飲んでいる間は、辛いから飲む、飲む事でいっそう辛くなる、という悪循環だったと思う。しかし、お酒は何も解決してくれなかった。けれど素面になることで、そこから抜け出す事が出来るんだ。そのためには、仲間のもとで自分について語り、自分を受けとめてもらう経験をたくさん積み重ねる必要がある。

仲間と共に回復の道を歩むこと、その土台があってこそ新しい希望も見えてくる。孤独の中での死の代わりに、自分は今新しい人生に向かって歩き出す事が出来るんだ。

「一人じゃないんだ。」

「今日一日」を大切に生きる事。

自分が今まで経験してきた事や勉強してきた事を思うままに書いてきてしまって、なんか、まとまりがなくなってしまったけれども、一人でも多くのアル中さんやご家族のお役に立てればと思います。

 




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